親知らずを抜いた

 

昨日、親知らずを抜いた。何を隠そう親知らず(こう書くと隠し子みたいだ)を抜いたのは生まれて初めてである。実を言うと、本来ならば去年の4月に抜く予定だったのだが、あまりにも怖かったので、直前になってキャンセルしたのだ。キャンセルした理由は「緊急事態宣言が発令されたので、しばらく様子を見ます」という、取って付けたようなものだった。歯も簡単に取って付けられれば良いのになぁ(しみじみ)。

 

そんなチキン野郎がなぜ親知らずを抜くのを決意したのかというと「歯が痛くなって、仕事に支障を来すようになったから」である。1週間ほど前に急に歯が痛くなり、しばらく自分を騙し続けていたのだが、やっぱりどうしても痛かったので、行きつけの歯科医院に電話したのである。言うなれば「緊急痛い宣言」だ(!)。電話の応対をしてくれた歯科衛生士の「お久しぶりですねぇ。どうされましたかぁ?」という声が嘲笑を含んでいたのは気のせいだろう。なんというのか、家族の反対を押し切って家を出た放蕩息子が、にっちもさっちも行かなくなって実家に戻ったときの親の対応みたいだ。実体験ではない。念のため。

 

親知らずの抜歯についてネットで事前に調べたところ、「痛みで一睡もできなかった」「抜いた後は2日間ご飯を食べられなかった」「じゃあオレは3日間食べられなかった」といった怪情報がわんさか出てきた(最後のは愉快犯だ)。私はあまりにも怖ろしかったので、筋トレをして気分を紛らわせることにした。筋トレをしながら「歯も一緒に鍛えられたら良いのになぁ」と何度思ったことか。歯というのは、げにまっこと融通が利かない堅物なのである。

 

しかしながら、私の不安は杞憂に終わった。抜歯もスムーズに終わり(20分程度)、最大の懸念だった痛みも大したことはなかった。今回抜いた親知らずについて、抜歯をしてくれた歯科医は「理想的な生え方をしていますね」と言っていたので、あまり痛くなかったのかもしれない。「理想的じゃなくてもいいから、生えないでもらいたかったなぁ」というのが本心だが、生えてしまったものは仕方がない。「生え」が手放しで歓迎されるのは髪の毛ぐらいだろう。身に覚えがある。

 

あと、歯科医は眼鏡をかけていたので、その眼鏡が私の口の中に落下しないかが気がかりだった。もしも治療中に患者の口の中に眼鏡が落ちたら大惨事である。視覚的な印象としては、猿ぐつわのようになるだろう。もしかしたら、「口を大きく開けて下さいねー」と言っても、口を少ししか開けない患者に対しての対応策なのかもしれない。眼鏡を意図的に患者の口の中に落下させることによって、患者の口を強制的に開けさせるのだ。口の中に眼鏡が固定されれば、よく見えるようになるので一石二鳥である。歯科医良好ってか!歯ぁ磨けよ!

 

個の発酵

 

過日、ある個が部屋の片隅で密やかに発酵した。その工程は誰にも周知されずに駆動し、誰にも看取られずに終焉を迎えた。個が発酵するに至った経緯は明らかにされていないし、個自体もそのことを望んではいない。そもそも個というのは「それのみにて屹立するもの」である。言うなれば、独立独歩の存在だ。そのような存在に対して、周りの者がやいのやいの言うのは無粋以外の何物でもない。

 

個はただひたすらに完結を目指しているのであり、その他の一切のものは考慮に入れていないのだ。個が介入を許す条件はいくつかあるのだが、その詳細は明らかにされていない。そのため、個への介入を試みる者は、あらゆる手立てを講じて、個が拵えた参入障壁の突破を図らなければならない。そのことに対して不平不満を抱いている者も一定数いるが、それらの者はやがて淘汰圧の渦に巻き込まれて自然消滅する。個はその様子を遠目に見ながら発酵に専心するのだ。漸進することに腐心するのである。