多重人格者としてのロールパンナ

 

ロールパンナは、善悪両方の心を持つ多重人格者である。多重人格者といえば『幽遊白書』の仙水忍を連想する人も多いだろう。かくいう私もそうだ。多重債務者や多重影分身という言葉を見聞きする度に、仙水の額にあるホクロが目に浮かんでしまうのである。「俺の姿が目に浮かぶのが嫌ならば、お前を殺して水に浮かべてやろう」と仙水に凄まれたら、自転車に乗って全速力で逃げるしかない。中野浩一か。

 

ロールパンナは二重人格者だが、仙水はなんと七重人格者である。七重人格と言われても、あまりにも多くて想像できないかもしれない。たとえるならば、美しい魔闘家鈴木の「レインボーサイクロン(七色の妖気を放出する技)」の各色の妖気に人格が宿ったようなものである。「たとえば」と書いておきながら全くたとえられていないが、世の中というのは得てしてそういうものだろう。仙水が人間界に幻滅するのも無理はない。

 

なぜ仙水の人格が七つもあるのかというと「精神が崩壊するのを防ぐため」である。それぞれの人格がそれぞれの役割を引き受けることによって、仙水忍という生命体がバラバラになるのを回避しているのだ。多様性を確保することでバランスを維持しているのである。1つの性格が破綻したとしても、他の性格がすぐに代わりを務めるので大事には至らないのだ。たまに、「俺がいなければこの会社は回らない」と豪語している人を見かけるが、誰にでも代わりはいる。会社=仙水なのだ。

 

話が大きく逸れた。落合流首位打者剣で打ち返そう。ロールパンナも二重人格者になりたくてなったわけではない。『まごころ草』の花粉を加えてロールパンナを作ろうとしたのだが、ばいきんまんが『バイキン草のエキス』を混入してしまったので、善悪両方の心を持つロールパンナが生まれたのだ。言うなれば、不可抗力と作者介入力によって、ロールパンナは二重人格者になったのである。作者介入力については現在調査中だ。

 

ロールパンナは普段、くらやみ谷などで野宿をしている。妹であるメロンパンナが「一緒に暮らそうよ」と涙ながらに頼んでも、ロールパンナはそれを受け入れない。善悪両方の心の板挟みに苦しんでいるロールパンナが「善の集合体」であるパン工場で暮らすことは容易ではないのだ。ロールパンナの姿を見ていると「ジキルとハイド」を連想せずにはいられない。ジキル博士は死を選んでしまうが、ロールパンナには可能な限り生き延びてもらいたい。